城博コラム
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おうちで料理教室 土佐の食文化~年越しの煮物「鯨のすき焼き」編~

2021.12.19
  • 土佐の文化
  • よもやま話

企画展「おいしい土佐藩」関連企画

おうちで料理教室 土佐の食文化~年越しの煮物「鯨のすき焼き」編~

目次:はじめに講師紹介材料作り方おまけ

はじめに

2020年春の開催予定から延期になった企画展「おいしい土佐藩」。
当初の計画では、関連行事として「土佐の食文化」のタイトルでの講演を計画していました。
しかしコロナ禍の影響を考え、ちょっと趣向を変えて、お家で楽しめる郷土料理のレシピを教えていただく「おうちで料理教室」の形にしました。

打ち合わせ時に、「お正月スタートの企画展示なので、土佐らしいお正月料理を教えてほしいです!」とお願いしたところ、「正月料理よりも、年越しに食べる煮物がいいかしらね」ということになり、企画展開始よりも一足早い、プレ企画と相成りました。

高知県では、大晦日にはクジラやマグロなど、「大きなもの」を食べるのが良いとされ、「クジラのすき焼き」が年越しの定番料理なんだそう。
しかし今ではほとんど見かけることのないクジラ肉。
周りの人に「クジラを大晦日に食べるの?」と聞いても、「食べるよ」という人はポツポツ。毎年必ず、というよりは「おばあちゃん家で食べる」「ずっと食べてないなあ」といった声が多く、だんだんと忘れられつつある味のようでもありました。

今回のレシピは、クジラが身近な食材だった頃、高知の大晦日の食卓にのぼったという思い出の味を基本にしたもの。
調理しながら土佐の食文化についてお話をうかがい、レポートにまとめることで座学の代わりにしようという趣旨ですので、「紹介されても作れない」「これはすき焼きなのか」などなどのご意見・苦情はご容赦ください。

また実際に調理する時に使うには余計な情報が多すぎますので、クックパッドにも手順をまとめて掲載しました。本当に作る時にはそちらもどうぞご活用ください。
(高知城歴史博物館のキッチン

 

講師紹介

三谷 英子先生 (レシピ提供・調理監修)
RKC調理製菓専門学校常任顧問・管理栄養士。土佐伝統食研究会会員。
高知の郷土料理や飲食文化の普及のため、幅広い分野でご活躍しています。
企画展開催にあたっては、再現料理の監修をはじめ、本当にいろいろお世話になりました。

小谷 真人先生 (調理)
RKC調理製菓専門学校実習教員・専門調理師(日本料理)。
再現料理の時からずっとお世話になっています。
鮮やかな包丁さばきと豊富な料理知識で、こちらのお願いに「本当はこうしたいなー」などと言いながらも実に見事に対応してくださいました。
本文中の「もっと美味しくするには」という記述部分はほぼ小谷先生のアドバイスです。

 

材料(4~8人分)

◎が必須の食材。
<A出汁>
 ◎煮干し・・・ひとつかみ
  昆 布・・・一切れ(20センチくらい。だしを取ったあとも使います)
  水 ・・・・3ℓ

<B具材>
 ◎こんにゃく 1個
 ◎クジラ 200g(お好みの量で)
  根菜(大根1/2本、にんじん1本、ごぼう1本、里芋(大)1個)
  木綿豆腐(焼き豆腐、厚揚げでも良い) 半丁
  生姜 適量(一片)

<C調味料>
 ◎砂糖 大さじ4杯
 ◎醤油 1/2カップ

 

作り方

昆布と煮干しで取った出汁に材料を全て入れ、調味料を加え、具材に火が通るまで煮る。

以上。 
・・・なのですが。いろいろ楽しいお話をうかがいながら作りましたので、実況レポート形式でくわしくご紹介します。長いですが読み物として、お楽しみください。

1 だしを取る

ojako

「高知のおだしはじゃこなのよ」と語るのは三谷先生。
カツオ王国なのに鰹節使わないの⁉︎といきなりのカルチャーショックですが、一口に「じゃこ」といってもアジやカタクチイワシ、ウルメイワシ、ホタレイワシ、カマスにサバと、魚の種類も、大きさもいろいろ。かなり奥深く、馴染み深い食材なんです。今回は7cmほどの大きさの、カタクチイワシを使いました。
だしじゃことしては、アジが最上なんだそうですが、「庶民の味とするならこっちかなー」というわけでこのチョイスだそうです。みなさんはお好みでどうぞ。

大晦日の煮物では、縁起の良い「尾頭付き」の食材として、じゃこが欠かせません。
お正月料理でも、お雑煮の上に小さなじゃこ(チリメンジャコなど)をちょっと乗せたりするんだそうです。

ですが、「尾頭付き(=丸ごと)」のじゃこを入れたまま煮物を作ると、わたの部分から雑味が出てしまうのだそう。
今の日本料理では頭とワタを取ってから使うのだそうですが・・・協議の結果、今回は「尾頭付きのじゃこで出汁を取るが、入れたままにはしない」という折衷案にしました。
実は担当学芸員、子供の頃はいわゆる「いりこだし」が(魚臭い…)とちょっと苦手でした。しかし、こちらの方法で取った出汁は全く問題なし!でしたので、同類の方はレシピ通りでの調理をおすすめします。
もちろん「もったいない」「全然問題ない」という方は、そのまま具材と一緒に煮て、丸ごと食べちゃってください。

頭とわたを取るときはこのように。

さて合わせだしのパートナー、昆布は旨み成分が落ちないよう、洗わずに表面を固く絞った濡れ布巾でふいて使います。
煮干しと共に鍋に入れ、水を加えて1~2時間ほど置いてから火にかけます。
沸騰する前で火を弱め、80度ぐらいの温度で10分ほど。
火を止めたらザルやキッチンペーパーでこして、だし汁の完成です。
このあたりは和食の基本と同じですね。

ただし。
昆布は後ほど再投入しますので、捨てないで!
冷めて触れる温度になったら、千切りにしておいてください。

2 具材を切る

材料の野菜は、県内でも地域ごと、家庭ごとに多少の違いがあるようですが、「こんにゃくはどこの地域でも必ず入れる」のだそう。
これは新年を迎えるにあたり、精進ものの食材で体の中を清める意味あいがあったのでは、と三谷先生は説明します。
「こんにゃくは昔はみんな玉こんにゃくだったねえ」というわけで、今回は丸いこんにゃくを一口大に切って使いました。

ちなみに豆腐も「昔はこればっかりだった」というわけで、木綿豆腐よりもずっと固い、土佐豆腐を使いました。
土佐豆腐は豊臣秀吉による朝鮮出兵の折、長宗我部氏が技術者を連れて帰り、以来高知で作られるようになったもの。
江戸時代には城下の唐人町だけが豆腐の製造・販売の特権を持っていました。
ずっしりと密度があり、今でも店頭では水に浸けず、自立した状態で棚に並んでいます。
高知でならスーパーマーケットでも手に入りますが、県外では手に入りづらいもの。
お試しになる場合は普段お使いの豆腐で構いませんし、厚揚げや焼き豆腐という選択肢もあるようです。

今回三谷先生の用意した野菜は、里芋、人参、大根、ごぼう。
ごぼうは皮のついたまま、それ以外は皮をむいて、一口大の乱切りにします。
ところで生のごぼうとこんにゃくを一緒に置いておくと、こんにゃくが青くなってしまうってご存じでした?
これはごぼうに含まれる成分のせいで、こんにゃくが化学反応を起こしてしまうからなんだそうです。
下ごしらえの間や鍋に入れる時に、ごぼうとこんにゃくは火が通るまでは近くにならないよう気をつけたほうがいいですよ。

三谷先生の用意した具材はここまで。
が、小谷先生が「生姜はいるでしょ!」と、どこからともなく立派な生姜を持ってきました。
ショウガは現在高知県が生産量日本一。カツオはもちろん、さまざまな料理に使われる高知の人にとってなじみ深い食材です。三谷先生もOKを出して、晴れて採用。
生姜は皮をむいてから、昆布と同じくらいに細切りにしておきます。

 

3 クジラの下ごしらえ

さて、今回の主役食材は、もちろんクジラ。
この日使ったのは、クジラの「うねす」(写真左)と赤身肉(背身)の2種類でした。
「うねす」はクジラのお腹のあたりの皮の部位。薄く切って使います。
今では一般に皮の部位だけを入れるそうですが、「昔の味やったら、皮だけと言わず、手に入る肉を使ったかな」というわけで、赤身の部分も合わせての具材投入となりました。
小谷先生、「生やったら、何もせんで切ってそのまま入れたらえい(良い)」と言いながら、よくよく聞くと、「今回は先に霜降り(湯通し)しといた」とのこと。プロの一手間ですね。       

ちなみに生の食材が手に入らない時は、「コロ」を使うそうです。
これは鯨皮を鯨油であげてカラカラにしたもの。高知県内ですと、お土産品としても売っているのを時々見かけます。
山間部でもクジラを年越しに食べるというのが、ずっと不思議だったのですが、生肉が手に入らない地域では、この「コロ」を水で戻して、薄切りにして入れるのだそうです。
もしコロでお試しになる場合は、他の具材とは別に、先に煮始めて、柔らかくなってから他の具を足すと良いそうですよ。 

4 煮ながら味付け

全ての材料の準備が整ったところで、いよいよ加熱調理に入ります。
鍋に野菜を入れ、クジラ肉も並べ、沸かしただし汁を上から注いでコンロを点火。
糸切りの昆布と生姜を上にのせます。

沸騰してきたら味付けにかかります。
砂糖を入れて、一度味見。甘さを決めたら醤油を加えます。

小谷先生、「レシピでは「大さじ4杯」って書いちょったらええ」とおっしゃいますが、その1杯、絶対2杯分はありますよね?という山盛りでした。
醤油を入れた後でも、「おばあの作る“ご馳走“って、何でも砂糖多めの甘々だったでねえ」などと話しながら、さらに2〜3杯お砂糖を追加投入。
というわけで、材料の欄には指示通りの分量を記載しておりますが、お砂糖は思い切って多めに、何なら倍量入れても良いと思います。
味見をしつつ、いつもの味より甘めに仕上げてみてください。
ちなみに小谷先生は「酒を入れて炊きたい」とつぶやいていましたが、三谷先生に「料理に酒を使うなんてぜいたく、昔の人はようせん(できません)」と却下されておりました。
気になる方はお試しください。

ここまで来たら、具材が柔らかくなるまで煮て完成。
鍋になみなみと入っていただし汁も、試食のころには蒸発してだいぶ減っていました。
煮物は一度冷まして味が染みた方がおいしいので、早めに作っておいて、食べる時に温め直していただくのがおすすめです。

ところでお気づきでしょうか。
「すき焼き」と言いながら全く焼かないことに。

肉を焼く「すき焼き」で育った県外出身の担当学芸員。具材と言い、調理法と言い、これはすき焼きなの???と早い段階からカルチャーショックで頭がぐらぐらしておりました。
というわけで聞いてみると、「甘辛ければ何でも“すき焼き“なんよ」とあっさりしたお返事。
そもそも肉の「すき焼き」も、高知では焼かない「すき煮」状態のご家庭も多いのだとか?
とはいえ、おうちにより作り方もさまざま。実際に鯨肉をすき焼きのようにして食べる方もいらっしゃるようです。

 

おまけ(あとがき)

レシピを教わって館に戻った学芸員。
復習もかねて、江戸時代の「すきやき」や鯨料理について調べてみました。

料理書に登場する「すきやき」は、「鋤焼」の名の通り、農耕用の鋤(すき)を鍋の代わりにして魚や鳥肉を焼く料理です。
『素人包丁』(文化三年刊)ではハマチの鋤焼について、火にかけた唐鋤を油でぬぐい、作り身を並べて焼く、とあります。「大こんおろし しやうゆ とがらしなどにて席上にて焼くべし」という食べ方を見るに、現代の焼き肉に近いイメージのように思えます。

くじらのすき焼きについては、鯨の部位ごとに調理法を紹介する『鯨肉調味方』(天保三年刊)で、黒皮(鯨皮)の調理法のひとつとして紹介されていました。

 酒にてときたる味噌、又は生醤油を付て、鋤焼にすべし。

ここでの「くじらのすき焼き」は、つけ焼きのようです。
ではいつから今の調理法がすき焼きに…?という疑問はさておき、“すき焼きとは、かくあるべし”という固定観念も、時代の流れの中で変化してきたもの。であれば教わった料理も、このまま「すき焼き」でご紹介してもいいか。と開き直るに至った次第です。

また、青木直己氏の『江戸うまいもの歳時記』には、江戸では12月13日、すす払いの後で鯨汁が振舞われるのが季節の風物詩だったことが紹介されていました。
こちらは「すまし汁か味噌仕立てで食べる」のだそうで、味付けは異なりますが、「暮れの味」という点では通ずるものがあります。
鯨が庶民になじみ深い食材だったことが分かりますし、まして捕鯨の盛んな土佐。「大晦日にはクジラ」という食文化が根付くのも、自然なことだったように思えます。

とまあこのように、調べるほどに何かが分かったような、よけい謎が深まったような状況に陥ったわけですが。
土佐伝統食研究会が農林水産省のHP「うちの郷土料理」で同様の料理を紹介した時の名前は、「暮れの煮物」。名前もよくわからない、けれど昔はどこでも食べていた、そんな土佐の年越しの定番料理を今回教わってまいりました。
一見ただの煮物ですが、知れば知るほど「土佐の食文化」。味わい深いと思いませんか?

皆さんも、土佐の味、あるいは郷土それぞれの味で、よいお年をお迎えください。

「暮れの煮物」のレシピはこちら

 

<参考文献> 

*土佐の食文化に関するもの
■土佐伝統食研究会編著『土佐の食卓 伝えたいおふくろの味ママの味』(高知県農業改良普及協会、2007)
■季刊『とさぶし』35号(高知県文化生活スポーツ部文化振興課発行、2021)特集「土佐のだし―次世代に伝えたいだし文化―」

*江戸料理に関するもの
■松下幸子『図説 江戸料理事典』(柏書房、1996)P167「鋤焼き」
■青木直己『江戸うまいもの歳時記』(文春文庫、2021)P162-164「鯨」
東京海洋大学附属図書館 デジタルアーカイブより 「鯨肉調味方」
新日本古典籍データベースより 「素人包丁」(東北大学附属図書館 狩野文庫デジタル)